佐久市横和の住宅資材林屋は、江戸時代の終わり、嘉永年間(1850年頃)に始まった店です。このたび、佐久ケーブルテレビと佐久商工会議所が共同で制作している番組「変えぬもの、変えていくもの」と、佐久商工会議所の会報で、林屋をご紹介いただきました。百年を超えて続く地元の会社に「変えなかったもの」と「変えていったもの」を聞く企画です。この記事では、取材で8代目の代表・小林昭教(こばやし あきのり)がお話しした内容を、林屋の言葉であらためてまとめました。
番組・会報でご紹介いただきました
- 放送
- 佐久ケーブルテレビ チャンネル12
- 10月の放送
- 10月1日(木)13:30〜 初回放送
10月中は毎週 土曜 10:30/日曜 17:30 ほか - 会報
- 佐久商工会議所「会議所報」658号(第7回)
※ 放送日時は変更になる場合があります。最新の番組表は佐久ケーブルテレビのページでご確認ください。
始まりは、嘉永年間(1850年頃)
林屋の始まりは、ペリーの黒船が来航したのとほぼ同じころ、嘉永年間にさかのぼります。170年余りという年月は、いま働いている私たちにとっても実感の湧かないほど昔のことです。それでも、先祖が書き残した古い台帳や記録は、いまも店に大切にしまってあります。
この170年のあいだに、林屋が扱ってきた品物は何度も変わりました。けれども、地元の方とのお付き合いのしかたは変わっていません。この記事では、その両方をご紹介します。
8代目・小林昭教のこと
代表の小林昭教は、佐久市中込の生まれです。大学を出てすぐに家業に入ったわけではなく、最初は東京の旅行会社に勤め、カウンターでお客様の旅の相談を受けていました。
もともと体を動かす仕事が好きだったこともあり、20代の半ばを過ぎたころに「佐久に帰って家業を継ごう」と決めます。ただ、帰ってすぐ林屋に入ったのではありません。まず茨城県のサッシ販売店で1年間修業し、現場の仕事をひととおり身につけてから戻ってきました。
佐久に戻ったのは、バブル景気の余韻がまだ残っていたころです。新築の住宅が次々に建ち、毎日が目の回るような忙しさだったといいます。施工の現場と営業の両方で経験を重ね、数年前に先代から引き継いで8代目となりました。
変えてきたもの――「商いの種」
林屋の歴史は、そのときどきの暮らしに合わせて商いを変えてきた歴史でもあります。
- 3代目のころ家業が傾いた時期がありました。
- 5代目のころ東京まで古建具を買い付けに行き、佐久で販売して店を立て直しました。
- その後贈答品を扱うギフトショップとして営んだ時期もあります。
- 6代目のころ高度経済成長期、アルミサッシを荷台いっぱいに積んで走るトラックを見て「これからはこれだ」と感じ、建材・サッシの販売と施工へ大きく舵を切りました。いまの林屋の土台は、このときにできています。
- 8代目のいまサッシに加えて、クロスや床などの内装工事、カーポートやフェンスなどのエクステリア工事、住まい全般のリフォームまで手がけています。
最近は、国の補助金を使った窓の断熱改修にも力を入れています。また、若いスタッフがこのホームページやInstagramで情報を発信し、これまでお付き合いのあるお客様だけでなく、そのお子さん・お孫さんの世代にも林屋を知っていただけるよう取り組んでいます。
変えなかったもの――「義理人情」
扱う品物がどれだけ変わっても、170年間変えてこなかったものがあります。代々受け継いできた「義理人情」です。
祖父や父の仕事ぶりを見て育った代表にとって、商売は品物を売り買いするだけのものではありません。人と人との信頼の上に成り立つものです。
「林屋さんに言えば、なんとかしてくれる」。そう言って頼ってくださるお客様、とくにご年配のお客様がたくさんいらっしゃいます。工事でお伺いしたついでに気になる不具合を直したり、林屋では対応できない困りごとなら信頼できる地元の業者さんをご紹介したり。損か得かで考えず、お客様の困りごとに付き合ってきました。
・お客様に長く使っていただける仕事をすること
・林屋の「ファン」になっていただくこと
泥くさいと言われるかもしれません。それでも、この誠実さこそが、林屋が地元で長く続いてこられたいちばんの理由であり、これからも守っていくものだと考えています。
これからの林屋
サッシ1枚、網戸1枚の張り替えから、内窓の取り付け、床や壁の張り替え、外まわりの工事まで。品物や工事の種類はこれからも時代に合わせて変わっていくと思います。それでも「困ったときに声をかけてもらえる店」であることは変えません。
住まいのことで気になることがあれば、どんな小さなことでもお声がけください。現地調査・お見積もりは無料です。実際の工事の様子は施工事例でもご覧いただけます。